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2017年09月25日

十二歲的時候,你走在我身邊


其實,你一直在我心靈最深處。雖然十二歲之後再也沒見過你,雖然再見到你時,我已經有了妻子和女兒,而你神秘得完全不為我所知,可是我的心靈一直有的一個缺口,直到你在那個細雨紛飛的深夜,突然出現在我的麵前時,才重新變得完整。和你在一起時那種心靈契合的感覺,在我們小時候經常一起聽我們最喜歡的音樂時,在十二歲你第一次握住我的手的時候,就留在了我的心裏。歲月不曾將它抹去,反而在失而復得時,讓我再不能忍受失去它,讓我想放棄我的一切所有,隻想和你在一起。
以上這段話,是我為村上春樹的作品《國境以南,太陽以西》中的男主人公”初”設計的表白,女主是他的小學同學“島本”,一個美麗但是有腿疾的女孩。是不是夠煽情的?沒有辦法,村上的這部小說就是讓人唏噓不已,掩卷深思。個人觀點,比他最有名的那部《挪威的森林》更好看。
村上是肯定寫不出這樣直白的話的,他的風格是含蓄唯美,比如形容男孩對女孩的初次心動,如果是我,可能會說:她的美麗讓我心動,或者:她註視我的目光那麽溫柔,讓我有心動的感覺……,等等之類的。看看村上是怎樣形容的:“她的表情裏有一種撩動人心弦的東西,……,仿佛能把人心的薄膜一層層溫柔地剝離下去。至今我仍清晰記得她那伴隨著表情變化而細微地改變形狀的薄唇,記得那眸子深處一閃一滅的隱約光亮。那光亮令我想起在細細長長的房間盡頭搖曳不定的小小燭光。” 怎麽樣,有詩意吧?美吧?大師就是大師,出手就是不凡。
有人評論這是一部描寫成長的小說。說成長也沒錯,因為在所有的感情經歷中,愛情讓人想得最多,也最能讓人成長。
男主初擁有了一個成功的男人所擁有的一切,家庭美滿,和妻子感情融洽,也深深地喜歡她,自己經營的兩個酒吧生意興隆,有足夠的時間做自己想做的事,不必為了養家糊口而勞碌奔波,連他自己都說,人生似乎再無所求。
是的,人生近乎完美。如果島本從來沒有在他的生命中出現過,如果在十二歲的時候,她不曾打動過他少年的心,如果她在他的生活中消失的那些年,和她在一起時的那種天然的親和感也從他的心裏一起消失,那麽即使再也見不到她,心裏也不會始終覺得有空空的一塊,那麽即使再見到她,也許隻是像見到過去認識的一個普通朋友,不會影響他人生的軌跡。
隻差那麽一點點。男主在結婚之前,曾經在街頭遇見了女主,因為十幾年沒見,原來的少女已經是成熟的女人,他不敢確定,就一路跟蹤,之後被同樣沒有認出他來的女主成功甩掉。就是這樣失之交臂的遺憾。
隻差心裏的那麽一點點。沒有了她,人生終究隻是近乎完美,因為心靈缺失了的那部分,總是如饑似渴,除了她,沒有任何人任何事可以填補。三十七歲的時候,她終於又出現在了他的麵前,美麗依舊,從沒有忘記過他,從十二歲開始就一直愛著他,隻愛過他一個人,連他都不知道她有多愛他。
沒有問她任何的過往,她不說,他就不問。像她要求的那樣,或全部接受,或全部舍棄,二者必居其一。他已經做了決定,他說:“和你在一起,我就感到心裏缺失的部分充盈起來。充盈之後我才意識到:以前漫長的歲月中自己是何等的饑餓和幹渴。我再也不能重回那樣的世界。”
然而一夜激情之後,島本悄然離去,沒有留下隻言片語。或許是她的全部太重了,所有她負擔的和拖曳的,還有她作為一個富裕的單身女人,那背後的神秘。她是曾經想要和他一起去死的,隻需轉動一下方向盤,他們就會一起跌進山穀。隻有死,她才能獲得自由。雖然她沒說,可以想像她有著怎樣拋不開的過去。太重的負擔,男人願意承受,女人又怎麽忍心給。我願意為你去死,卻不能讓你為我死。所以寧可痛徹心扉,寧可失去。
愛情就像一把雙刃劍,有時我們覺得沒有它空空蕩蕩,是一種遺憾,可是當我們擁有了愛情,卻發現,因為不能在一起,遺憾,更多。而失去愛情的時候,那種空,不是一顆心的空,是整個世界的空。
所以還有人說,這是一部富含人生哲理的小說。人的一生,就是得到和失去的過程。在得到的時候,人們正在失去。借用作品中的一段話,”活法林林總總,死法種種樣樣,都沒什麽大不了的。剩下來的唯獨沙漠,真正活著的隻有沙漠。” 道理是沒錯,卻太悲觀,筆者不敢茍同。反向思考一下,其實也成立。哪一份經歷不是人生的財富?就像人們說的:沒有哭過長夜的人,不足以談人生。在失去的時候,人們一定正在得到。
國境以南,是一首墨西哥歌曲,是男主和女主小時候一起聽的一張唱片裏的一首。太陽以西,是一種西伯利亞癔病,說西伯利亞農夫日日在田中勞作,突然有一天,身上的什麽東西死了,於是農夫扔下鋤頭,向西而行,不吃不喝不休息,一直走到倒地而死為止。想了半天,也沒想明白兩者之間有什麽聯係,又和作者想表達的東西有什麽聯係,西伯利亞癔病聽起來甚至荒誕不經。
也許作者想表達的就是這點。有些事情就是沒有邏輯,也無法解釋。比如愛情。比如會有一見鐘情的兩個人,也會有每天見麵,到死依然陌生的兩個人。心靈的世界,神秘,廣闊,有無數的設防,又有強烈的吸引。相吸的兩個人,彼此缺失的部分,就在對方的心裏。所以,能夠走進彼此心靈的愛情,不用挽留,也不會離開,不需努力,也不會蒼白。  


Posted by guiei at 22:03Comments(2)

2016年08月15日

転生を繰り返し


二十五歳の冬、僕は初めて日本を出た。

 今から思えば、よくそんなことができたなと思うのだが、それは幸運と怖いもの知らずの度胸の賜物だ。大学を卒業した僕が就職した先は、週刊紙を発行する新聞社だった。発刊日は金曜日。ウィークリーというよりは月四回の発行というのが正しく、五週めは発刊がないのだ。おまけに、新年号というのは特別紙面であり、十二月の初旬にはすでに原稿が完成しているのだ。そして、入社した年の十二月は金曜日が五回まわってくる月だった。つまりは年末年始の約二週間は始まったくの空白期間ができるということになる。
 図々しくも、新入社員の僕は、編集長に向かって數學老師
 「ともかく二週間の休みをください。仕事として、テーマを設定し、新聞一ページ分のルポを書きますから。ただし、交通費も原稿料も請求しませんけど」
 とぶちまけたのだ。こんな大胆な主張をかます新入社員もないものだが、編集長も人間ができていて、あっさりとOKを出したのだ(もっともしばらくの間、先輩諸氏からは生意気なヤロウとして目をつけられる羽目になったが)。

 当時はバックパッカーなどという洒落た言葉はなく、放浪する若者をとりあえずひっくるめてヒッピー扱いしていた時代だ。そして、多くの若者がそうであったように、僕もまた、旅を通して自分自身を見つめようとしていた。今風にいえば、それは自分探しの旅ということになるのかもしれない。もっとも、僕らの世代は、そんな恥ずかしい言葉は絶対に使わない。

 初めての海外に選んだのはネパールだった。
 カトマンズ入りしたその夜に、ナイトバスでバイラワに下り、ルンビニー、テラウラコット(カピラバストゥ)をまわる。花まつりの頃の文化欄に、釈尊の生誕地を訪ねるルポを書くつもりだった。ラッキーなことに現地で知り合ったK・B・チェトリというネパール人の案内で、仏教の専門誌でもほとんど紹介されたことがないデヴダバという村を訪ねることができたのだ。ここは釈尊の母・マーヤー夫人の故郷だ。お陰で、からし菜の畑が黄色い花で染まるこの村の訪問記を、釈尊と母の物語としてルポ風にまとめることができた。
 おまけにチェトリさんは、チトワンからポカラ行きのバスが出るからといって、チトワンの近くの自宅まで案内してくれた。チェトリさんの家は十人を超える大家族なのだが、近所からも物珍しげに誰彼となくやってきて、賑やかな宴になった。ぼくはそこで、かなり強いロキシーをたらふくご馳走になった。当時、ロキシーという蒸留酒は、各家庭の自家製で出来が悪いと失明することがあるといわれていた酒だ。客に振舞う以上、それはその家自慢のできのいいものだったに違いない。
 ところが、そんなことはお構いなしで、僕が飲むので、「家のロキシーがなくなる。もっとゆっくり飲んでくれ」と言われてしまう始末。チェトリ家には高くついた客になってしまった。僕は恐縮し、お礼に日本から持ってきたサントリーのホワイトと南沙織のカセットテープをチェトリ家に進呈した。
 多少、安上がりではあったが、チェトリ家への一宿一飯の恩義も果たしたし、会社への義理も果たすことができる。翌朝、チェトリ家を辞した僕は、揚揚としてバスの天井の荷台に乗り(ネパールのローカルバスではよくあるのだ)、ヒンドスタン平野を眼下に見下ろしながら、神々の座を目指した。

 そして、二十五歳の正月を、僕はヒマラヤを臨む小さな村で迎えた。
 その日の午後、僕はポカラの広場で、チベット商人から小さなアンモナイトの化石を買った。それは理科の教科書に出てくるようなくっきりとした流線型で、何とも美しい黒の光彩を放っていた。僕は初めて見るホンモノの化石に、少年のように心を躍らせ、何としてもネパールの旅の記念にそれを手に入れようと心に決めた。
 チベット商人の提示した額がいくらだったのか、覚えていないが、そもそも相場を知らないのだから、判断のしようもない。しかし、この国に定価などあるわけもなく、吹っかけてきているのは間違いがないのだ。僕は、自分でも驚くぐらいのしつこい値切り交渉の末に、ここまで値切ればいいだろうと思う値段で、それを手に入れたのだ。
 ところが、最後に、チベット商人は化石を新聞紙に無造作に包みながら、ニコッと笑ったのだ。「あ、こいつ、しっかりと儲けやがったな」と思ったが、僕としても、初めて海外に訪れ、受験英語を駆使して、ああでもないこうでもないと駆け引きをしながら、勝ち取った戦利品だ。負け惜しみでもなんでもいい。
 「It‘s my price!」。
 そういって自慢げに僕は胸を張って見せた。

 その日は、尾根づたいにひたすら歩き続け、トレッキングコースの入口にあるダンプスという村で、ふつうの農家にしか見えない粗末なロッジに投宿した。居間と思われる部屋の床にはジャガイモがうずたかく積まれていた。ベッドにも土埃がたまっていた。部屋に入ると、宿の親父が温かいチャー(ミルクティー)を入れてくれた。
 無造作に包まれた新聞紙を紐解き、僕は嬉しくて宝物を愛でる少年のように、何度も化石を眺めた。ヒマラヤが海の底だった時代のアンモナイトの息遣いが聞こえてくるようだった。封印された一億年の時が溶け出してくるような錯覚のなか、疲れもあって、僕はまるで魔法にでもかかったようにいつしかまどろんでしまった。

 「へい、ジャパニ!」

 遅くなって、僕を呼ぶ声で目が覚めた。ドアを開けると、宿の親父が「降りて来い」と指図する。ジャンパーを羽織って降りていくと、外にはすでに何人かの同宿の旅人がいた。この季節のヒマラヤの夜は凍りつくような寒さだ。
そして、親父の指す手の先を見上げた僕は、思わず声をあげた。
 何とそこには砂を散りばめたような星屑が広がっているではないか。親父が入れてくれる熱いチャーをすすりながら、僕は天空のパノラマを見つめた。
 宇宙に浮かぶ永遠の旅人。無限の時間と空間が僕を包んでいるようだった。
 僕の意識は、遥か時空を越えて、星たちの来し方に飛ぶ。この中には、もしかしたら一億年前、遥か宇宙の彼方から、例えば、この太陽系第三惑星の中生代白亜紀の海の底に息づく小さな巻貝に、あるメッセージを届けるために、旅に出た星の光があるかもしれないのだ。
 幾万の転生を遡り、一億年前の僕の意識は、どこで何を考えていたんだろう。時を経て、海は山になり、アンモナイトは石に変わり、幾つもの文明が興亡し、そして、僕はいくつもの転生を繰り返し、この時代に生まれた僕が、ついにそのメッセージを受け取る。もしかしたら旅立った星自体は、いまはもうその生命を終えて消滅しているかもしれないのだ。その永遠の時間と空間を内包した宇宙の不思議を思って、僕は不覚にも涙を流した。
 神々の座に瞬く星は、「吾に向ひて光る星」(※)になった。

 
(※)正岡子規は「真砂なす数なき星のその中に吾に向ひて光る星あり」と詠み、「吾に向ひて光る星」に、母の愛を見て取った。芥川龍之介は『侏儒の言葉』の中で、この歌を引用し、星の流転する姿に自らの生死の心情を投影し、一片の随筆を記している   


Posted by guiei at 15:51Comments(6)option

2016年01月29日

彼らの没落を思った


人の倒し方。その基礎を教えてくれたのがコウ先生だった。父はそのことに強く反対した。もっと子どもらしいことをさせよう、と。けれど父の意見を母が聞き入れることはなかった。母は誰よりも強かった。ハネくんはおれのことを強いと言ったが、母に比べればおれなんてセルゲームのときのヤムチャ同然だった。
「おれが武術を習ったのはコウ先生。田所寛治なんて名前じゃない」おれは言った。
「コウってのはたぶん黄ってことだと思う冷氣機邊個牌子好。その人の別名は、黄泉だから」
「……は?」
「おれにも同一人物かどうかまではわからないけど、少なくとも、おまえの先生とその田所寛治って人にはつながりがある。なあ、蓮。おれらが今見ている世界の裏側には、おれらが想像できないような世界が広がってる。そしてその世界にはおまえも無関係じゃない」
「何の話?」
「1+1が2じゃない世界だよ」

 父のことを思った。義父のことを思った。彼らの没落を思った。息子のおれが言うのもなんだけど(あるいはそう信じたいだけかもしれないけど)、父は完璧な父だった
樂聲東芝冷氣比較。古い洋画を鑑賞することが趣味で、広範囲に亘る知識があり、論理的で理知的だった。ギャンブルをしたり、酒に酔うこともなかった。自殺をする理由がわからなかった。仕事でヘマをするような人には思えないのだ。義父だってそうだ。あれだけ酒が好きだったにもかかわらず、酔いつぶれたところを見たことがない。誰よりも強い責任感、実行力。細やかな心配り。豪胆な中にも繊細さがあった。彼の会社が傾く? 信じられなかった。
 ものごころついた頃の母、小学生の頃の母、中学生の頃の母鑽石能量水 騙局、記憶の中の母の姿はほとんど変わらない。母は笑わない。怒らない。感情を表に出しているところを見たことがない。おれは母が怖かった。逆らうことができなかった。小さい頃からずっとだ。だからできるだけ近くにいたくなかった。一緒に住もうという義父の申し出を断ったのは、そういう理由もある。

「ねえ、ハネくん」おれは言った。「復讐って、その友だちを殺すってこと?」
「殺すというよりも、そいつがやろうとしてることを阻止したい」
「でも、コウ先生に弟子入りするってことは、長期的な計画ってことだよね」
「そうだな」
「今話を聞いてて、違和感があったんだけど、指摘してもいい?」
「いいよ」
「あなたは誰?」
「ん?」
「羽生亘宏くん。それはわかってる。ハニュウノブヒロ。19歳。通信制の高校に通う高校二年生。人望があり、仲間内ではリーダー的存在。代々職人を輩出する家系に生まれ、お父さんの会社で鳶として働きながら高卒の資格取得を目指している。趣味は実益を兼ねたスロット。お酒が好き。キャバクラが好き。彼女はいないけど、遊び相手は何人かいる」
「何かあれだな。客観的事実を並べられただけなのに、気恥ずかしいな」
「そんな人が復讐?」
「人の外面と内面はいつだって乖離してる。おまえはまだわかんねえかもしれないけどな」
「どうしたの。論点をずらして」
「何の話がしたいんだよ」そう言い捨てて、羽生くんはタバコをくわえた。
「おれにはあなたが人に裏切られた人には見えない。言葉は悪いけど、話ができすぎてる感じがする」
「はっはっは」羽生くんはわざとらしく笑った。「続けて」
「ここからは仮説だけど」そう言った後、おれは下を向いて、息を吐いた。「ハネくんは誰かに頼まれて、おれに近づいた」
「何だそれ。自意識過剰にも程があるだろ」
「そうかな」
「おまえ、自分が特別な人間だと思ってんだろ?」
「思ってるよ」おれはそう言った。
「おれもだ」意外なことをハネくんは言った。
「おれがおまえに興味を持ったのは事実だ。だけどおれはおまえよりも自分に興味がある。というよりも、おれの目に映る世界に興味がある。おまえの目に映る世界よりもな。おれはおれの世界のために、おまえの力を借りたいんだよ」
「じゃあ賭ける?」
「何を?」
「おれとハネくんと、どっちが特別か」
「……それ、どうやって証明するんだよ」
「ハネくんの特別性を見せてよ」
「わかった。でも今の現場が終わるまでは自由に動けない。それ終わったら長めに休み取れるし、ちょうど学校も夏休み入るからそんときな。今日は先輩の顔を立てとけ」そう言ってハネくんは伝票を持って立ち上がった。
「ごちそうさまです。先輩」

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Posted by guiei at 11:36Comments(3)option

2015年11月18日

目をシヌに向けて


屋敷に戻ったテギョンにシヌが訊いて来た。
一瞬おどおどしたテギョンだったが、何かを考えるように動かした目をシヌに向けて、
片側の口角を上げる。

その顔に戻っていた事を確信したシヌはそれ以上は追及しなかった。
ただ・・・

「大丈夫、なのですか Dream beauty pro 好唔好。」

とだけ訊き、テギョンはそれにも考えるような目でシヌを見る。

「大丈夫・・・『じゃないかもしれない・・・・』」

呟きは途中で途切れてしまった。
誘われたのか、操られていたのか、ミニョに理性を奪われた事は言わなかった。

「これからどうするかは考えておられますか。」
「それはコ・ミニョの事を聞いているのか。」
「はい。」

シヌは真っ直ぐにテギョンを見て返事をした。
正直、ミニョが来てからのテギョンはこれまでと何かが違う、
それは良い事のようでもあり補濕、悪い事のようでもあって、シヌとしては迷うところもある。

一番危惧している事はテギョンがミニョに心を奪われているのかどうかで、
冷静に判断しているなら何も心配する事はないと思っていた。

「ミニョを傍に置く。」
「それは今も置かれていると思いますが・・・」

シヌの言う事にテギョンは笑った。

「コ・ミニョにニンフの血があるのか優纖美容、その気にさせるってのはどうだ。」
「・・・・・・・、それは・・テギョン様の望みですか? それとも戦略ですか?」

シヌの言葉をテギョンは黙って考える。
テギョン自身、ミニョへの感情が何なのかはまだ分かっていなかった。

「・・・反対させて頂いてよろしいですか。」
「反対?」
「はい、できればコ・ミニョと関わる事をおやめ下さい。」
「シヌ・・・」

真っ直ぐに見つめるシヌの目には心配が滲んでいる。

「お気づきですか、何にも執着を見せなかったテギョン様が今はコ・ミニョの事ばかり、
 それが魔界との戦いに打開を見い出すのですか。」

シヌの言いたい事はテギョンにもよく分かった。

魔界と人間界の門にでもなると言うなら対処も必要だったが、
その心配はなくなったのだ。

今もまだ残っている不安材料と言えば、
ミニョがニンフの血を引いているかもしれない事と、
ジフンって妖魔がミニョを狙っている理由が分からない事くらいだ。

魔界との戦いにミニョは不必要だと言うシヌの言い分は間違っていない。
むしろ敵対する兄を持つミニョとは関わるなという方が正論だと思う。

「シヌはどうしたいんだ? ミニョを魔界に送りたいのか、それとも幽閉しておくべきか?」
「それは・・・・」
「ミニョがニンフなら俺とどうなろうと問題はないだろう?」
「テギョン様!?」

止めるようにシヌが声を上げる。

「本気なのですか。」
「魔界にいた記憶は封印されてる、簡単には思い出せないだろう。
 だからニンフの血を揺さぶって見る。」
「揺さぶる?」
「ミニョは囚われていた時、
 ジフンから目覚めていないだけで特別な存在だと言われたそうだ。」

そこまで言ってテギョンはまた考えるように口を動かしシヌを見る。

「人間とニンフのハーフだから特別なのか、もっと違う意味があるのか、
 ミナムは妖魔なのに、ミニョは何故人間なのか、
 知りたいと思うのは悪い事か。」

その言葉にシヌが目を細める。

「退屈・・・されているのですか?」

訊き返したシヌにテギョンは小首を傾けてから呆れた顔をした。

「でしたらその任務は私にお任せください。」

今度は眉を寄せる。

「ニンフの相手ならテギョン様より私のほうが豊富です。
 ミニョを揺さぶるのでしたら、私のほうが適任かと思います。」
「本気で言ってるのか。」
「勿論です。」
「ニンフだとは思ってもいないのにか。」
「だから余計にです。 人間相手に何か問題が起きた時、テギョン様を守れます。」
「いいだろう、シヌにミニョが揺さぶれるなら任せてやる。」

テギョンは顎でやってみろと促す。

「今ですか。」

テギョンの目がそうだと言う。

少し考えたシヌは、庭にミニョを呼び出した。

「あの・・・何か・・・」
「ちょっと訊きたいことがあって・・・」

やって来たミニョはシヌの前に何でも聞いてくださいって顔で立つ。

「テギョン様のことが好きなのか。」

一瞬の戸惑い、見開いた目を二度三度と瞬きさせてミニョはシヌを見る。
少し離れたところで様子を窺っていたテギョンもなんて質問だとシヌを見た。

「勿論です、天使を嫌いという人はいませんと前にも言いました。
 あれ、言いませんでしたか・・・・」

言って考え込むミニョに、シヌは次の言葉を投げかけた。

「だったら俺やジェルミのことも好きだよね。」
「はい。」

力一杯の返事が返ってくる。

「なら、ミニョを揺さぶるのがテギョン様でなく俺でも問題はないだろう。」

訊かれてミニョはまた丸くした目を瞬かせた。  


Posted by guiei at 16:36Comments(5)option

2015年09月14日

視線は背けられ


隣室がアレクサンドルの部屋と聞いたがきっと角部屋がそうなのだろうとは思う。
間に一室あるのはアレクサンドルの寝室であろう。

リディアーヌの部屋にも続き間で寝室がある。そこもそれなりに広いけれど部屋と比べると簡素な 康泰領隊、といっていい寝室だった。
寝台もさほど大きいわけでもない。天蓋付きではあるけれどどうしても寝室のほうは見劣りしてしまう。

それでもブランダンで使っていた自分の部屋よりはずっと広いのだけれど。
どうしたらいいのか、と部屋をうろうろと落ち着かなげにうろついた。

侍女も婆やももうすでに下がっている正能量。…とはいえ呼び鈴を鳴らせばきっとすぐにやってくるはず。でも呼んでどうすれば?

アレクサンドルの部屋に伺った方がよいのか、と聞くなどできそうもないのだが…。

うろうろと部屋をうろついていると続き間の寝室の方から物音が聞こえリディアーヌは声を飲み込んだ。
人の気配がしてどうしようと青ざめる。

「リディ?」
声が聞こえればそれはアレ 蘇梅島自由行クサンドルの低い声でほっと安堵した。

だが部屋には誰もいなかったはずなのに…。
そう思いながらそっと寝室を覗き込むとやはりそこにはアレクサンドルが立っていた。

「あ…の…?」

シャンデリアの明かりの下、部屋の隅にあった内ドアが開いていた。どうやら隣のアレクサンドルの部屋と繋がっていたらしくそこからアレクサンドルは入ってきたらしい。

「…しばらくの間〝契約〟は保留にする」
「ほ…りゅう…?」
「夜毎来いと言った…アレだ」

ふいとアレクサンドルは顔をリディアーヌから背けぼそりと呟いた。

アレクサンドルとリディアーヌはリディアーヌの寝室の端と端に離れて立ったままだ。

「…それと明日から教師をつけるからそのつもりで」
「教師…?」
アレクサンドルの言葉に彼が一体何をリディアーヌにさせたいのかが分からなくてリディアーヌは頭を傾げた。

「ダンスやマナーはいらぬかもしれないが一応」
そういう問題ではなくてどうして?が抜けている。

「朝餐は部屋に運ばせる。空いた時間は何をしていてもよい。不便がある時や何か欲しい物がある時は私か侍女に言うように」
アレクサンドルの碧い瞳はリディアーヌから背けられたままだ。

あんなにブランダンでは夜毎に体を求められたのに今は興味を失ったのか頑なに視線は背けられている。
「…ゆっくり休むといい」

そう言ってアレクサンドルはリディアーヌの返事を聞きもせずに部屋の内ドアを潜り自分の部屋にであろう、戻って行ってしまった。

パタンと閉じられたドアに高い壁を感じられた。
手を伸ばせば届きそうだったアレクサンドルとの距離がまた開いたかのようだった。  


Posted by guiei at 15:39Comments(5)option

2015年07月20日

愛すべき不審者


少し離れた場所から、そんな様子を眺めていたら、声をかけられなくなってしまった。ファンです!と買った本を差しだしてサインをもらおうか、と何度も思ったけれど、出来なかった。その不審な行動を目撃されていたと分かったら、きっと嫌だろうし(あたしの目から見れば天妍專業紋繡中心、愛すべき不審者だったけれど)。何よりも、『無類の「本好き」が自分の本を出せたことの喜びと不安』という、隠しきれないほどのその想いが痛いほど分かって、なんだか胸がじわんとしてしまったのだった。

それから後、彼はずんずんと文学界に進出し溶け込んで、2012年5月の「別冊文藝春秋」でついに小説誌デビュー、そして今年1月発売の「文學界2月号」に掲載された「火花」で一気にブレーク母乳餵哺

この「火花」。正直に言うと、どうして「芸人」の世界を描いたんだろう、と思っていた。彼が芸人であることは誰もが知っていることだし、となれば登場人物はどうしたって又吉に重なる。小説の中の先輩後輩芸人の会話も行動も、下手をすると「ネタ」のように読めてしまう。それってもったいないんじゃなかろうか。せっかく「書く力」もセンスもあるんだから、いっそ芸人から離れた世界を描くほうが、偏見なく実力を認めてもらえるのではないだろうか、と歐亞美創醫學集團

でも、そんなのは杞憂だった。こんなに沢山の人が、その才能を、実力をきちんと認めた。すごいことだなぁと思う。受賞後、「火花」は急激に販売部数を伸ばし、ついに100万部を超えてしまった。19日の情熱大陸では、受賞の瞬間まで追いかけた異例の映像が放送されるし、20日のビストロスマップのゲストは、なんと、又吉、湊かなえ、西加奈子。スマスマに作家たちが一挙に出演するなんて。なんだか妙にどきどきしてしまう。

  


Posted by guiei at 18:04Comments(2)quite

2015年05月14日

懐かしかったも

 弟は、国に独り残してきた母のことが気がかりなのか、少し寂しげであったが…。
  「お話によると、お父上と賊が、擦れ違い様にお父上と確認して背中から斬り付けているようですね。その時に、私の名前を告げたのでしょう」
  「はい、そうだと思います」
  「武者修行など真っ赤な嘘で、何者かに雇われた殺し屋が殺ったものでしょう」
  「態々、江戸から殺し屋を呼び寄せたのでしょうか」
  「それは、考え難いですね。流れ者の殺し屋でしょう」
 それにしても、どうして自分の名前を出したのだろう。自分が恨まれるとしたら、盗賊楽天組の残党かも知れないが、全て磔になった筈である。或いはその家族か、あの皆殺し事件の時に居なかった仲間の逆恨みだろうか。それとも、殺し屋が咄嗟に口にした名前が、たまたま能見数馬だったのだろうか。

  「雪さん、小太郎さん、今から北町奉行所へ行って能見数馬という男が、最近江戸を離れていないか調べて貰いましょう」
  「お奉行様が、取り上げて下さるでしょうか」
  「大丈夫です、お奉行の遠山さまは、私の友達ですから」
  「これ数馬、お奉行さまを友達とは何事ですか、少しは口を慎みなさい」と母上。

 北町奉行所の門前で「能見数馬ですが」と言いかけると、奉行所の門番は「また、お奉行に頼みごとですか」と笑ったが、すぐに門を開いてくれた。

  「数馬、お前はこの奉行を余程暇人と思っておるようじゃのう」
  「いえ、人がひとり殺された事件ですので、いや、一人ではないかも知れません」
  「拙者の耳には入っておらぬぞ」
  「はい、越後の事件ですから」
  「そのような遠方の事件を、江戸の奉行にどうしろと申すのじゃ」
  「下手人が江戸の者らしいからです」
  「聞こう、申してみよ」

 数馬は、雪と小太郎を奉行に引き合わせ、事の次第を申し上げた。
  「その下手人の名が、能見数馬というのじゃな」
  「はい、左様でございます」
  「それで、数馬が自訴して参ったのか?」
  「違いますよ、数馬は越後などへ行っておりません」
  「その能見数馬という男の人別帳を調べろというのか?」
  「はい、どうかお願いいたします」
  「よし、わかった、今から調べさせよう。待っている間に、良いものを見せてやろう」
 奉行は、配下の者に耳打ちをすると、若い役人は「どうぞこちらへ」と、奉行所の裏へ案内してくれた。
 そこでは、同心が一人の若い町人に十手術を教えていた。
  「数馬殿、このことは決して外部に漏らしてはならぬぞ」と、役人は特別の事だと勿体ぶるように言った。

 指導を受けている若い町人は、数馬に気付き、「あっ」と声を上げた。  教えていた同心は「隙あり」と、町人の脳天を竹刀で打った。町人は、殺された目明し、達吉の倅仙一だった。  「話なら、稽古が終わってからにしなさい」と、同心は稽古を続けたが、仙一は浮き足たって打たれっぱなしだった。

 稽古が終わらないうちに、奉行の呼び出しがあった。能見数馬という男は居ないが、最近越後に行って、重い怪我を負って帰ってきた高須庸介という浪人者が居たという。現在は小石川養生所で怪我の治療をしているそうである。

  「どうだ、同心と目明しを付けるから、数馬得意の鎌をかけて問い質してみるか」
  「鎌をかけるなんて人聞きがわるい、尋問ですよ」
 数馬にはすぐに分かった。同心とは、先ほど仙一に十手術の稽古をつけていた若い同心で、目明しは仙一のことだろう。
  「はい、行って参ります」
 現れたのは、やはり数馬の推察通りだった。
  「数馬さん、私は同心長坂清三郎、こちらは目明しの仙一です」
  「長坂どの、よろしくお願い申します、仙一は私の友人です」
  「そうでしたか、どうりで稽古途中、数馬どのを見て仙一はそわそわしておりました」
  「すみません、懐かしかったものですから」
 仙一は、腫れ上がった頭を撫でながら弁解した。
  「事情はお奉行から全て聞きました」
  「そうですか、こちらの二人が其の殺された長岡藩士加藤大介殿のご子息小太郎どのと、姉上の雪どのです」
  「無念でしょうお悔やみ申す、それにしても、よく江戸まで無事に来られましたなあ」
  「弟も、幼いながら武士の子です、わたくしをしっかり護ってくれました」
  「いやァ、頼もしいですな」
 小太郎は、ちょっと得意顔だった。  


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2015年05月06日

ラソンを5回走っ



この番組は視聴者参加型のチャリティーが味噌で、いいことしたい と思う人の心をつかむ卑怯なやり方とか思っていたこともありますが、多くの人の心をつかむ企画救世軍卜維廉中學でもあるんだとも思います。

ただ、TVの報道はいつも正しいとは限らないし、人の心を誘導する力も持っているから、鵜呑みは危険と思っているので、わりに覚めてみている部分もあります。

今年のテーマの「奇跡」も,ちょっとヤラシイナ~と思って見ていました。

でも今日はたくさん涙しました。
最近玉ねぎを切るときに目が痛いくらいで、たいていドライアイで目が痛い、乾燥してると感じていて、涙腺詰まってるんやないかと思っていたら、ちゃんと涙が人並みに溢れてきました。

被災した人が九死に一生を得た被災した場所で、あの日を淡々と語る姿は胸がつまりました。
当時中学生だった時、仲の良い友人が被災して亡保濕針くなり、心が傷ついて学校の授業でも歌を歌えなくなった中学生たちの話にはボロボロ出てきました。

間寛平さんが65歳で10種競技の1500mマスターズの日本記録更新を目指して走っている姿、TVと一緒に「負けないで~」と歌いながら、歌が続けられないほど泣けてきました。
でも、あれって正式な公認記録になるんかな?

それはともかく、生身の人間が己の肉体を使って頑張るスポーツって、人に与える感動の力はスゴイな。

で、城島くんも完走できました。
最後の方は、TVに向かって「城島がんばれ!おばさんも応援してるで」って大きな声で叫んでいました。

あれだけボロボロになっているように見えましたが、最台北機票後で1km8分でよう走らはったな。気力がすごかったんやなーと思いました。
ニンゲンって気力でどうにかなることありますもんね。

私は過去にフルマラソンを5回走って3回完走(ものすごく遅いですが)しています。完走できなかった2回はいずれも北海道マラソンで1度目は30kmで足切り(決められた時間までに地点を通過できない)、2度目は40kmで足切りにあい完走できませんでした。

マラソンって本当に普段走り慣れていない者にとっては、過酷です。お腹は減ってくるし、途中から筋肉痛がおこり、歩いている人よりも遅くなるほどカラダがあちこちガチガチになりました。私は初マラソンで完走はしましたが、横断歩道の白い線にもつまづくくらい足があがらなくなりました。
家に帰ってからは、家の階段を這って登るくらいの筋肉痛になったことを今でも覚えています。  


Posted by guiei at 15:28Comments(5)

2015年03月30日

自分の人生


今朝9時からのテレビ東京「ふるさと再生 日本の昔ばなし」で、
桃太郎、金太郎、浦島太郎の三本をやっていた。
なに? auの差し金?
などと思いつつも、見るともなく見ていたが、
浦島太郎を見終わって、なんだかひどく悲しい気持ちになった。
「ありきたりの毎日がつまらないと思っていたけど、それが大事だって分かったんだ。おら、村の暮らしに戻りてぇ」というようなことを乙姫様に申し出て、元の世界に戻った浦島太郎。
竜宮城での何不自由ないバラ色の生活よりも、生まれ育った地でのつましい暮らしを選んだのだ。
なんてもったいない!!
と思わなくもないが、でも、実際、そんなものかもしれないと思う。
苦労があるからこそ、喜びも大きい。
そして、苦楽を分かち合う人がいてこその、自分の人生。
幸せはお金では買えないって言うし、ね。
そういえば、「苦労は買ってでもしろ」と言ったりもするけれど、
まさか、本当の金持ちは苦労をお金で買ったりするのか?
なんて無駄なお金の使い方!
…て、違うよね。
ものの例えだってば。
などと、しょーもないことを頭でこねくり回しながらも、
とにかく、本当加州健身中心の幸せに気づいた浦島太郎さん、
あんたはエライ!!
つらいことの多い日常には、きっとそれだけ幸福もたくさん存在するのだ。
要は、その幸せに気づくことができるかどうか、かみしめて味わうことができるかどうか、ということなのだ。
それが分かった時点で、浦島太郎は、幸福への切符を手に入れたはずだった。
しかし、新しく出直そうと生まれ故郷に帰ってきた太郎を待ち受けていたのは、とてつもない悲劇なのだ。
よく知っているはずの村はすっかり様変わりして、自分を知る人は一人もいない。
竜宮城に滞在している間に、地上界では300年の時が経っていたのだった。
途方に暮れる浦島太郎。
玉手箱。
立ち上る煙。
白髪の老人となった太郎の姿。
こんな仕打ちってないよね…
カメを助けた優しい人に…
結局このお話って、人生はままならない という教訓なのか。
救われない気持ちでネットを見ていたら、相対性理論に行き当たった。
かのアインシュタインによると、
運動している物体の経過時間は、静止している物体の経過時間に比べて相対的に遅くなる。この現象は日常的には判らないが、光速に近づくと顕著になる(理論的には、光速に達すると時間は止まってしまうことになる)。そのため、光速に近い速度の宇宙船に乗って宇宙旅行をして帰還すると、地上では宇宙船での何倍もの時間が経過しており、宇宙船の乗組員は、さながら浦島太郎の様相を呈することとなる。そのため、日本では、この効果のことを俗にウラシマ効果と呼んでいる。(*Wikipediaより)
「宇宙船」のくだりから、ここは地球だった… という『猿の惑星』のラストシーンを連想し、ますます気持ちが沈んでいくsweat02
さらに、カメが浦島太郎を乗せて光速で竜宮城へ泳ぐ姿をイメージしては、カメを忌まわしく思ったり。
日曜日の朝からなにやってんだろ…coldsweats01
そんな私の心を和ませてくれたauのCMから、お気に入りの一作をご覧あれ。
キジがいい演技してる!  


Posted by guiei at 16:30Comments(4)derhun

2014年10月27日

その枯れ葉が落


今日は人口密度の高かった今津総合運動公園でした。

小さい人たちがたくさんサッカーをしていました。みんなとても元気です。
小さい人たちってものすごーーーくエネルギーに溢れていますね。

私もそういう時が確かにあったはず・・・。遠い遠い遠い昔、半世紀も前のことになります。

もうすぐ10月も終わりですね。
公園の樹々も秋色です。

我が家の周りにも落葉樹がたくさんあります。

中でも北側の隣地に、とても立派な朴の木があり、その枯れ葉が落ちてくる「音」はなかなかのものです。

誰かか、獣が森の中を落ち葉を踏みながら歩いているのではと、ドキっとするような音です。
実際、森というか林というか、樹々のなかに何かがいるのかと目をこらして見てみました。

誰もいません。そして大きな枯れ葉が音を立てながら落ちてきたので、朴の枯れ葉が落ちてくる音だとわかりました。

あちこちの枝にあたりながら落ちてくるのですが、30センチはあろうと思われる落ち葉ですから立てる音も大きい。

我が家には大小様々な落ち葉が降ってきます。ちょっと放っておいたら、落ち葉が嵩高く吹き溜まっています。  


Posted by guiei at 18:46Comments(3)sieriti