2014年05月28日

革靴に紐バンド


あの事を気にしなくなって数日後のことです。、
朝礼の挨拶で風紀委員会からの週目標の発表がありました。
朝礼台の上に登ったのは、私の兄です。
その事により、兄の名前が同級生達に判ってしまいました。

その後、仲間達に私の兄である事が知れてしまいます。
彼等は、私に距離を置き始めました。

入学式早々、暴れた生徒王賜豪醫生
入学間もないのに、父兄召喚を食らった生徒。
その兄は、とても怖い風紀委員長。
二年生のときは、たとえ相手が三年生でもケンカは止めに入る豪傑。

普通の生徒なら、距離を置きたがるのも無理はありません。
いじめられっ子でもないのに、孤独になりつつある私でした。

そんな事も知らず、兄は大勢の友達と遊びに行ったり、何人もの女友達の家に泊まりに行ったり。
とんでもなく社交的な性格は、皆に好かれていたのです同珍王賜豪

もちろん、先生達の評判もとても良かったのでした。
なぜなら、成績もいつも学年の上位をキープ。
明るく、活発。
部活も、バレーボール部のキャプテン。

そして、一番の功績は、兄が風紀委員になって校内での争い事や、悪さをする生徒達が殆んどいなくなったのです。
当時でも珍しい、不良のいない学校になったのでした。

但し、風紀委員会のメンバーと兄自身は、革靴に紐バンド、長めの学ラン等。
すべて校則違反スレスレでしたが同珍王賜豪・・・。

次回は、高所恐怖症のことです。
  


Posted by guiei at 11:50Comments(0)kierhiti

2014年05月28日

自問がつづいたりする


先日の母の葬儀の礼状に、一枚の小さな栞が添えられてあった。
清め塩ではなくて、「清め塩枝折り(しおり)」というものだった。それには次のようなことが記述されていた。
「仏教の教えでは、生と死は紙の裏と表のような、はがせない一つのものです。愛するものとも必ず別れがある。この真実を自己のこととして受けとめ、生命の大切さ尊さを見つめていく事が教えです。従って死を穢れと考えないので、塩で清めることはありません alexander hera價錢」。

生と死は、紙の裏と表のようなものだという。
どちらが表でどちらが裏なのか、ぼくらのような俗人の頭では、つねに表にあるのは生であって、死は、ときに紙が風にあおられて裏返るようにして、とつぜん現れる。そのように考えてしまうDR集團
だが、たまたま死に直面したとき、ひとが死ぬとはどういうことなのか、姿を消してしまったものはどこへ行ってしまうのか、などと答えの見つからない自問がつづいたりする。

そのようなときには、死が表になることもあるようだ。
葉っぱにも、よく見ると表と裏があった迪士尼美語 好唔好
秋の葉っぱは枯葉となって、表になったり裏になったりしながら落ちていく。枝を離れた葉っぱの、めくるめく一瞬の姿である。それは葉っぱの、生でもあるし死でもあるかのようにみえる。
木の葉が、吹き抜ける風に翻弄される秋という季節は、生と死が慌ただしく散乱する、そんな季節なのかもしれないDR集團



  


Posted by guiei at 11:48Comments(0)ぬねぬに

2014年05月03日

春の楽しみだっ



週末に、田んぼを見たのが嬉しくて写真を撮った。
国道沿いの舗道ではなく、あぜ道を選んで中学に通ったころが懐かしい。近所に住む同級生の男の子が並行する道をせかせか歩いていているのを見つけると、あ、同じ道を行くのを避けたな?と分かっておかしか母乳餵哺った。

自宅のそばの空き地がまたひとつ消えて、マンションが建ち始めている。
その土地の東の端に無造作に並んでいた5,6本の白梅は、いつの間にか根嬰兒濕疹こそぎな。

春の楽しみだったのにと残念でならなかったけれど、そのマンションの一階が店舗用と書かれているのを見たら、コンビニが入ればいいなぁなんて思った。でも、だんだん形ができてきて、これはコンビニじゃなさそうだなと分かったらまた、梅の木を惜しんでいる。

今日は朝からずっと涼し實德った。
涼しいと楽かと思いきや、がくんと疲れが出てだるい。  


Posted by guiei at 12:12Comments(48)ぬねぬに

2014年05月03日

私がめくった確


トランプの神経衰弱ゲームが苦手だ。カードを全て裏向きに広げ、表にした2枚が同じだったら自分のものになり、続いてまためくることができるという簡単なルールのあれだ韓國人蔘

そもそも「神経衰弱」というネーミングがよろしくない。衰弱させられてはかなわないから、最初から適当に手を抜いてしまうのだ(ということにしようか)。記憶力だけの勝負で相手に勝たれてしまうから癪だ。

記憶力が悪いからカードの場所を覚えないのか、きちんと覚えようとしないことが記憶力の弱さに繋がっているのか、分からないけれど、私は「だいたいあの辺にあれ」という覚え方をしがちだ。最初はピンポイントで覚えたつもりでも、だんだん「あの辺」になってしまう Alexander Hera Pre-wedding

神経衰弱が得意だと言える人には絶対に負ける。それはもう、やってみなくてもわかる。ぱっぱっぱっぱと目の前でペアになっていくカードを見ながらぼーっと感心するしかない。その時点で諦めているから、たまたま相手が間違えたところで、そのカードが私に有利になることもあまりない。

えーと、どうしてそんな話を始めたのかわからなくなった。ダメ自慢してどうするんだ。

なにか「そんな感じ」が頭の中にあるんだろう。回りが「これとこれ!」「これとこれ!」というように素早くカードを合わせて行くのを、「え?そうだったの?そうだったの?」と、合っているのかどうかを見ているのも追いつかない感じ。

でも私の手の中にも、私がめくった確かなペアが一組はあって、それだけはぎゅっと握りしめているんだ。何か別のものと組み合わされないように alexander hera


  


Posted by guiei at 12:11Comments(0)ぬねぬに