2014年08月28日

背筋を伸ばした


ちなみに、邪魔で無粋なトレーなどを出してくるところは、カフェではない。つまり『スターバックス』のような客あしらいに長けたフランチャイズ店は、カフェではなかったのだが……まぁいい、今となっては唇寒いだけだ……。

飲みものを手にすれば、あとは各人の自由なのだが、あれあれ? 僕のようにミルクを加えたい者もいるだろう? カプチーノの白色クリームをシナモンパウダーで汚したい者もいるだろう? 飲み方などは十人十色。カウンターのトビ色瞳娘にすべてを順次かつ手際よく処理せよというのは、少々酷な話だ。

そこでサービングカウンターである。店内の、どこか別の場所にしつらえられている。ミルクは〝濃厚クリーム入り〟から〝ノンファット〟まで、濃度別に3種類、半ガロンパックでドンと置いてある。カロリーレスの偽物シュガーが2ブランド、市場占有率を競い合っている。本物シュガーは白と茶色。ビン入りハチミツは数少ない紅茶党のため。そしてシナモン、ナツメグ、チョコレート、それぞれの粉末。そんなところが一般的な取り揃えだ。さてさて、あなたのお好みはどんなだろう?

そいつはだから、長い手足でサービングカウンターの端に取りついた。草原を渡るそよ風のような、どこまでも自然でよどみのない動きは、疑問を起こさせる隙を与えなかった。そのままそいつの両手は、なにか個別に滑るように動き、ひらりと左で小さな紙コップを、見る間に右でガラスの水差しを取り上げたかと思いきや、残り少ない水は滔々たる流れとなり、紙コップを縁いっぱいまで満たしきり、水差しをこれ以上ないほど身軽にした。

今思えば……そこが凡夫と匠の者の分かれ目だったろう。そいつは立ったまま飲みはしなかったのだ。かと言って、手近の空席に向かったわけでもない……どうしたか?

ガラス壁のコーナーにスゥーッと身を引き、左の手のひらに紙コップを、野原で見つけた小鳥の卵にするように、もう一度優しく包み込みなおし、つづいて右の手のひらを開き、胸のあたりに二度ひらひらとゆらめかせながら、膝頭から回るステップで四分の一回転見事な方向転換をしてみせ、そこにそんなものがあったことなどだれも知らない、ガラス壁の下のあたりの小さな出っ張りに、メトロノームのようにまり、背筋を伸ばした二段階の前傾姿勢で、フッ、フッ、フッと正確な三拍子で揺れて、腰を下ろした。

そこではじめてわずかな間……紙コップは目の高さ、視線は正面にまっすぐ遠く……ただしそれを息をつく間にもさせなかった。きれいに張った肘が弧を描くと、透明な清水はそいつの喉にスルスルスルと流れ落ちていった。そう、草の葉をすべる朝露のごとくに、スルスルスルと……。
  


Posted by guiei at 16:15Comments(0)sieriti